2023/07/04
私は、毎朝アーサナ(ヨガポーズ)をします。
たまに近所を散歩してから、自宅でアーサナの練習。
トレーニングもやって。
そして体つくりのためタンパク質補給のための朝食をしてと。。。
ルーティーンができていました。
でもね、昨日の朝、今日も近所を散歩して、その後自宅でアーサナをしようと決めて、玄関を出て10歩くらい歩いたところで『いや、歩きたくないアルプス公園にいきたい』と思った。
ルーティーンをさせている自分には、パークヨガの下見だからと言って言い訳?をして
20分ほど車を走らせ、アルプス公園へ。
着いたらいいねいいねとワクワクしどんどん歩きたくなる。『あっちも行ってみよう!こっちへ行ったらどんな感じだろう?』
アルプス公園で朝活する人たちとすれ違いに挨拶、知らない人だから少しドキドキ、声やトーンを聞いてほっとしてみたり。
お仕事の人は少し急足で、どんな気持ちなんだろう?と想像してみたり。
いつの間にか1時間が経過。下見よりこの経験をしたかったのかもしれない。
(もちろんパークヨガのための下見をしたい自分はいつも状況を確認して開催します
)

ヨガマット持ってくれば良かったと後悔をさせる自分がいて、まあ家でアーサナすれば良いかと
『ルーティーンへ戻ろうとする私』とともに帰宅。
帰宅して、いざヨガを!でも今ヨガしないで自由にしていたいという、声がした。
その朝はアーサナをやめた。
そして修行は続く。。。
今度は母から『いつものところに野菜を買いに行くから連れて行って』と誘われた。
私の気持ちはノーだ。でもいつもなら、行かなきゃダメだよね、協力しなくちゃ。
そうだろうか?
と自分に問いかけた
行きたくない。自分は行きたくないのに無視している。
そこで私の口から出た言葉は
『穂高の方へ出かけよう その辺りの道の駅ではどう?』と
それなら自分も行きたいし、母もやりたいこと(野菜を買う事)が達成されるではないか。
そのまま行き当たりばったりの旅となった。
さてどこに行く?
ランチをしよう!
母が、最初は和食、でもピンとくるお店がなく、ではハンバーグか食べたいというので、スマホで調べたお店へ向け車を走らせたけど、なんかモヤモヤ
直感でやっぱり『Cafeありあけ』さんへ行ってみようか?
母もルンルンっという感じで同意してくれたので行くことになった。
いつもランチが売り切れたり、お休みだったりタイミングが合わなかったのに、昨日は月曜日なのに
お店はOPEN 眺めの良いお席で、中はとってもフワッと明るい空間が広がった。ここで良かった。
出てきたお料理は一つ一つの素材キラキラしていて、食べる前から美味しいと思わせてくれる。実際口にしたらどれも美味しい。
ほっとするお店で居心地が良かった。母もそう思ったようで、2人とも幸せ。
https://tabelog.com/nagano/A2005/A200501/20014672/
お店から山の方へ向かう坂道が気になる。私も母もそこも同じだった。お店の人に聞くと鳥居があって有明神社につながっていますと。
もちろん行動。行ったことがある神社だけど、初めてのルートだった。鳥居にドキドキワクワク。有明神社の知らなかった風景と出会うことができた。
あとは、外の足湯で楽しんで、その足湯の近くの温泉施設でいいかとなりそうだったけど、その場から離れた行きたい温泉に足を伸ば入浴をして帰宅。
母からも『思いがけずとって楽しかった、体もすごく軽くなったよ』との言葉。美味しい野菜も買えて満足だったみたい。
私も力が抜けて優しい自分でいられた気がします。
『やらなくちゃ』という自分が大きくなる前にいつも自分にどうしたいか問いかけて、同意の元に動きたいと思う。
ルーティーンから離れる事って、少し怖い。
怠惰になっちゃうのでは?とか、やらない自分になったらどうしようとか、せっかくの筋力や柔軟性落ちて最初からになってしまうのでは?とか
でも恐れから、強迫観念強迫になってしまっては、自分を苦しめるだけなんだなと体験しました。
頑張ってルーティーンするより、明るく楽しく自由でほどけていることは結局 ヨガしている事になるのかと思った。やりたい性分ならやるでしょう。自分を厳しくしばるくらいな辞めた方が自分のためにも世のためにも良い。
と厳しい自分を手放すと『私はヨガが大好きなのよね。やりたいし、レッスンもすごく楽しい、どんどん広げたい』という素直な心が現れる。
そんな自分を大切にします。
今の自分の気持ちをいつも聞くことが幸せにつながるのだろうな。
気付きの一日になりました。
シャンティー
たまに近所を散歩してから、自宅でアーサナの練習。
トレーニングもやって。
そして体つくりのためタンパク質補給のための朝食をしてと。。。
ルーティーンができていました。
でもね、昨日の朝、今日も近所を散歩して、その後自宅でアーサナをしようと決めて、玄関を出て10歩くらい歩いたところで『いや、歩きたくないアルプス公園にいきたい』と思った。
ルーティーンをさせている自分には、パークヨガの下見だからと言って言い訳?をして
20分ほど車を走らせ、アルプス公園へ。
着いたらいいねいいねとワクワクしどんどん歩きたくなる。『あっちも行ってみよう!こっちへ行ったらどんな感じだろう?』
アルプス公園で朝活する人たちとすれ違いに挨拶、知らない人だから少しドキドキ、声やトーンを聞いてほっとしてみたり。
お仕事の人は少し急足で、どんな気持ちなんだろう?と想像してみたり。
いつの間にか1時間が経過。下見よりこの経験をしたかったのかもしれない。
(もちろんパークヨガのための下見をしたい自分はいつも状況を確認して開催します


ヨガマット持ってくれば良かったと後悔をさせる自分がいて、まあ家でアーサナすれば良いかと
『ルーティーンへ戻ろうとする私』とともに帰宅。
帰宅して、いざヨガを!でも今ヨガしないで自由にしていたいという、声がした。
その朝はアーサナをやめた。
そして修行は続く。。。
今度は母から『いつものところに野菜を買いに行くから連れて行って』と誘われた。
私の気持ちはノーだ。でもいつもなら、行かなきゃダメだよね、協力しなくちゃ。
そうだろうか?
と自分に問いかけた
行きたくない。自分は行きたくないのに無視している。
そこで私の口から出た言葉は
『穂高の方へ出かけよう その辺りの道の駅ではどう?』と
それなら自分も行きたいし、母もやりたいこと(野菜を買う事)が達成されるではないか。
そのまま行き当たりばったりの旅となった。
さてどこに行く?
ランチをしよう!
母が、最初は和食、でもピンとくるお店がなく、ではハンバーグか食べたいというので、スマホで調べたお店へ向け車を走らせたけど、なんかモヤモヤ
直感でやっぱり『Cafeありあけ』さんへ行ってみようか?
母もルンルンっという感じで同意してくれたので行くことになった。
いつもランチが売り切れたり、お休みだったりタイミングが合わなかったのに、昨日は月曜日なのに
お店はOPEN 眺めの良いお席で、中はとってもフワッと明るい空間が広がった。ここで良かった。
出てきたお料理は一つ一つの素材キラキラしていて、食べる前から美味しいと思わせてくれる。実際口にしたらどれも美味しい。
ほっとするお店で居心地が良かった。母もそう思ったようで、2人とも幸せ。
https://tabelog.com/nagano/A2005/A200501/20014672/
お店から山の方へ向かう坂道が気になる。私も母もそこも同じだった。お店の人に聞くと鳥居があって有明神社につながっていますと。
もちろん行動。行ったことがある神社だけど、初めてのルートだった。鳥居にドキドキワクワク。有明神社の知らなかった風景と出会うことができた。
あとは、外の足湯で楽しんで、その足湯の近くの温泉施設でいいかとなりそうだったけど、その場から離れた行きたい温泉に足を伸ば入浴をして帰宅。
母からも『思いがけずとって楽しかった、体もすごく軽くなったよ』との言葉。美味しい野菜も買えて満足だったみたい。
私も力が抜けて優しい自分でいられた気がします。
『やらなくちゃ』という自分が大きくなる前にいつも自分にどうしたいか問いかけて、同意の元に動きたいと思う。
ルーティーンから離れる事って、少し怖い。
怠惰になっちゃうのでは?とか、やらない自分になったらどうしようとか、せっかくの筋力や柔軟性落ちて最初からになってしまうのでは?とか
でも恐れから、強迫観念強迫になってしまっては、自分を苦しめるだけなんだなと体験しました。
頑張ってルーティーンするより、明るく楽しく自由でほどけていることは結局 ヨガしている事になるのかと思った。やりたい性分ならやるでしょう。自分を厳しくしばるくらいな辞めた方が自分のためにも世のためにも良い。
と厳しい自分を手放すと『私はヨガが大好きなのよね。やりたいし、レッスンもすごく楽しい、どんどん広げたい』という素直な心が現れる。
そんな自分を大切にします。
今の自分の気持ちをいつも聞くことが幸せにつながるのだろうな。
気付きの一日になりました。
シャンティー
